物乞い

残念ながらこの話題を語らずして、インドを語ることはできません。かなり減ったとはいえ、まだどこの街に行っても見かけます。しかし、私がインドに関わりはじめた15年ほど前の頃は物乞いだらけという感じで、強烈なインパクトがありました。最初にインドに足を踏み入れたのはChannai(昔のMadras)でしたが、今のようにりっぱな空港なんてなくて、せいぜい2階建てぐらいの粗末な建物があっただけです。電気掲示板なんてのもなくて、黒板にチョークで書くような状態でした。その”空港ビル”を出るやいなや、物乞いがわっと寄ってきて、いや物乞いと言ってしまうのは悪いかも知れませんが、頼みもしないのに荷物のカートを持たせてくれと寄ってきます。もちろん必要ないのですが、なかば奪われるようにカートを運ばれ10ルピーもあげたこともありました。その当時のレートで確か30円ぐらいだったと思います。すると近くから子供がまた寄って来て、お金を呉れとのしぐさをします。まあ、子供だからとちょっと情け心が出てなにがしかあげたのですが、ありがとうでもなく、奪うようにお金を取って行ったので、”もうやるものか” と思ったりしたものです。

今では空港自体は日本と遜色がないほど近代化され、空港をでても物乞いはまず寄ってきません。きっと政府というか当局が排除したのでしょう。しかし、車に乗って信号に止まったりすると時々寄ってきます。こちらはなにを手伝うというのではなく、純粋な”物乞い”です。地元の人からは、”物乞いにお金を上げるな” と”教育” されていますので、見て見ぬふりをするようにしています。聞く所によると、”物乞いのシンジケート”というのがあって、それを専門に”商売”しているのがたくさんあるそうです。多くの場合女性の物乞いは小さな子供を片手に抱っこして、もう一方の手で、食べ物をつかんで口に入れるしぐさをして、お金をくれとアピールします。たしかに小さなこどもが居た方が”哀れみ”を誘って商売がしやすいでしょう。時にはその子供の手や足が無かったりします。恐ろしいことに、シンジケートでは故意にそういう不具者を作って、”商売の道具” として提供しているとのことです。さらに驚いたことには、そんな小さな子供を静かにさせておくために、アヘンを飲ます、なんてこともしているそうですからもう言葉がありません。ちょっと昔の作品になりますが、”スラムドッグミリオネアー”という映画のなかで、子供が麻酔をかけられて目を焼かれるシーンがありました。目の見えない物乞いとしてシンジケートの一員として使われるためです。

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*信号で止まった車に寄ってきた少女と若めの女性の物乞い。

仮に一日100ルピー稼いでも、月に3,000ルピー(約6,000円)になりますから、多くの人が月1万円以下で生活していることを考えると、シンジケートのピンはねはあるにしても、なんとか食べてゆける収入ということになるでしょうか。冒頭にも書きましたが、以前と比べると別世界と言えるほど物乞いは減りました。しかし、多くの人がインドに来て最初にショックを受けるのは、やはりこの物乞いの存在であろうと思います。

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