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インプラント挿入

いよいよインプラント挿入の日がやってまいりました。歯を抜いておよそ3ヶ月。抜いた歯のあたりの骨が十分に再生された、ということだと思います。 若いと抜歯から2ヶ月ぐらいで出来るそうですが。                                               インプラントとは生身の骨に穴を開けて、そこにボルトをねじ込むわけですから、考えただけでも顔をしかめたくなります。                                          ”もし失敗したら、やり直しは効かないだろうな。壁に木ねじをねじ込むのとは分けがちがうだろうし。しかもインド・・・”                                           でもまあ、一旦決めたことを今更逡巡しても仕方ありません。もうまな板の鯉ですので、すべてを信頼して任せるほかありません。                                  例によって右あごの辺りに局部麻酔をたっぷり打たれ、顔の右下1/4はほとんど感覚がなくなりました。前回の抜歯の時の経験から、最初から迷わずたっぷり注入された気がします。

作業は、木や壁に木ねじをねじ込むのとほぼ同じです。ターゲットを決めて、そこに小さめのドリルで穴を開け、そのあとやや大きめのドリルで穴を広げて、そこにインプラントをねじ込みます。最後は歯科医師が小さなレンチをつかって所定の深さまでねじ込んでおしまい。

術後、レントゲンを取り、その結果を見せてくれました。                       ”手術は成功だったんですよね?” と聞くと、例のインド人特有の頭を横に振る”Yes”のしぐさを見て一安心。私からみても、その写真はしっかりきれいに埋め込まれたように見えました。助手から袋に入った氷を渡され、”30分ほど患部に当てておいてください”        しかし、この助手がよろしくないです。インド人特有の、人のことを考えない。すなわち患者の身になって考えるという姿勢が感じられないのです。たとえば、吸引装置やレントゲン撮影の時など、 ”そんなに強く押さえたら痛いのがわからないのか!?” と言いたくなるのです。たぶん歯科衛生士とかの資格は存在していないのでしょう。

*2つの歯の間、やや右に傾いているネジのようなものがインプラントです。今から3ヶ月後、その上にクラウンを装着し私の新しい歯となります。

帰り道、さほど痛くはなかったのですが、やや落ち込んでいる私に珍しく運転手のGovindちゃんが話しかけてきました。                                             ”日本では交通はインドと同じですか?”                                 ”そうだよ、車は左側”                                           ”みんな自分で運転してるんですか?それとも運転手を雇ってる?”               ”日本では99.9%は自分で運転してるよ”                                          ”日本ではどんな車を持ってるんですか?”                                ”車?もってないよ。”                                           ”えっ!?ないんですか”                                           ”うん。だって東京に住んでたら必要ないもん。高いし”                           ”へー!?インドだったら、給与が35,000ルピー(56,000円ほど)になったらみんな車を考えますよ”  (インドの新車、たとえば最大の人気車スズキスイフトなどは80万円ぐらいです)                                                     ”私の若いころは、車を持つのが一種の憧れみたいなところがあったけど、今はそんなこともないみたい。毎日乗るならともかく、どうせ週末しか乗らないし、高い買い物だよ。子供が大きくなったらいらないね。酒も飲めないし”                                                    考えてみれば私が子供のころの初任給は今のインドくらいだったような気がします。そのころの小型車の価格がやはり80万円ぐらいではなかったでしょうか。車に関しては、ちょうど今のインドは40-50年前の日本という感じかも知れません。                                     現在インドでの車普及率はおよそ2%。すなわち2,600万台ほど。でもインドのたとえ10分の1、すなわち1億3000万人もの人が車を持つようになったらどうなってしまうのだろうか?現在の5倍もの車が街にあふれることを想像しただけでも、ため息が出ます。         道路がそれに連れて整備されるとも思えないし、デリーなんかきっと車で埋めつくされることになるでしょう。そもそもこれ以上空気汚染が進んだら、人が住めなくなってしまうのではないだろうか。

*術後に飲むように言われた5種類の薬。一週間分で650ルピー(1,000円ほど)と超安い。さすが薬メーカーのたくさんあるインド。もちろんジェネリックでしょうが問題なし。インドでも医薬分業ははっきりしています。

朝から怒りまくり

自宅から車で10分ほどのところにSiri Fort Sports Complexという総合スポーツ施設があります。日の出とともにオープンし、夜8時過ぎまで開いてます。                   私は週1回ぐらい、朝飯前にゴルフの打ちっぱなし(Golf Driving Range)を使わせてもらっておりますが、入場料金はなぜか半端な177ルピー(270円ほど)、50個のボールを借りて70ルピー(110円ほど)とまあまあリーズナブルな料金です。以前日本でだったか、”インドで時々打ちっぱなしに行ってますよ” なんて話したら、”インドにも打ちっぱなしなんてあるの?” などと馬鹿にした人がいましたが、インドは元イギリス。ゴルフ場があれば打ちっぱなしもあります。もしかして読者の中にも同じように思っている人いませんか?

*インドにもこんな立派な施設はあります。他にはテニス、クリケット、スイミングプール、ヨガ、バトミントン、ラケットボール等々ほぼなんでも揃ってます。しかし人口比では少ないのでいつも混んでます。

さて、この打ちっぱなしの施設、最近突如経営が変わり、支払い方法も変わってしまいました。それまでプリペイカードを買って払っていたのですが、その日から急に使えなくなってしまいました。こんなことはよくあることなので仕方がないのですが、そのプリペードカードの残金を払い戻すのは一週間ほど待ってほしい、というのです。                 残金調べて返金するだけです。たいした金額でもないのに、一週間必要とは?でもインドですから”しょうがねーな” と思いながら、後日払い戻してもらうことにして、その日は現金で支払いました。

それから2週間ほどして、さすがに準備は出来ているだろうと、受付に聞いてみると、   ”私には分からない” としれっと言います。                                         朝の忙しい時間でもあったので、イライラしながら、                           ”何言ってんだ。2週間ほど前にそちらが払いもどすと言ったんだよ。知らないとは何ごとだ!”                                                   怒ってみたところで、その人は全くポカンとしています。たぶん ”(それはボスの仕事であって) 私の仕事ではないので、自分にはなんの落ち度もなし” と考えているのです。これはインド人の典型的な考え方です。 日本だったら、組織への帰属意識が強いですから、まず”すみません、すぐに調べます” とか言ってくれるんですけどね。              すると、今度は脇にいたインド人の客が、                              ”この人は新しい会社の人だから分からないんですよ”                                                     ”新しい会社であっても、前の会社の業務を引き継いぐのが常識だろう!?違いますか?” と、関係のない客にまで言葉を荒げてしまいました。                       ”まあ、そうなんですけど・・・彼では埒が開かないから。ここに電話してみるといいですよ”  と言って、Amadeepとかいう人の電話番号を教えてくれました。

きっと、電話しても出ないか、出ても何かと言い逃れをするんだろうな、 と思いつつも、だまされたつもりでその日の午後連絡を取ってみると、                                 ”今週中に準備しますので、しばらく待ってください。来週にはSiri Fortでお返ししますから”   期待以上の返答ですが、以前「Golf Lan」 というゴルフ割引システムで、何の前触れもなく途中で条件を変えられてしまい(平日のみ有効に勝手に変えられた)、詐欺まがいの被害にあっています。今回はいかに・・・                                           ちなみに払い戻しの金額は1,000円ぐらいなんですけど、ここは金額の問題ではないのです。言ったことは守ってもらわねばなりません。

 

耳鳴りーその2

2階の1122号室の入り口には、小さな受付カウンターのようなものがあったのですが、誰もいません。1122号に行けと言われたのだからと、素直にノックしてドアを開けてみると、患者らしき人が2人所在無さげに座っているだけです。                           すると後ろから、”May I help you?” と男の人が声を掛けてきました。                                          受付でもらった書類を見せると、                                   ”Dr. Ameetは不在ですが”                                      ”知ってます。代わりの先生が診てくれることになってるんですが”               ”その人の名前は?”                                         ”(知らねーよ)そちらかそういう提案があって、14:30に来るようにいわれたんですけど”       ”じゃ、たぶんDr. Ashuwaniのことだと思うけど、彼はいま会議中であと1時間ほどかかりますが”                                                   ”はーー?14:30に来いとは、そちらから言われたんですよー!”  しかし、こんなことには慣れっこになっているので、さして驚くというか怒りも沸いてきません。1時間と言われれば、たっぷり1時間半は覚悟したのでした。                                        ”Dr. Ashuwaniが帰ってきたら連絡しますので、携帯の番号教えてください”

本当にちょうど16:00ごろになって連絡が来ました。そして、先ほどの男に会計カウンターに連れて行かれ、”初診料として1,500ルピー払ってください”。                        初診料の事は聞いていたのですが、数百ルピーぐらいという話だったけど仕方ありません。私立だから高めなのか。                                        1122号室に案内され、Dr. Ashuwaniと思われる若い先生が”どうしました?” と聞くので、あらましを説明すると、左右の耳の中を道具を使ってチェックし終わると、           ”右の耳の中に大きなWaxがあって鼓膜が見えません。左はOKなんだけど”                               ”Waxって耳垢のことですよね?” ”そうですね”                          そして音叉を膝で打って音を出し、その底を頭の真上につけて聞こえ具合を聞かれました。                                           ”右側の方が良く聞こえます” というと、先生は大きく頷いて、”ではWaxを取り除きましょう” 音叉の音は鼓膜からの情報ではなくて、骨を伝わっての振動で聞こえたもので、右側の耳が正常であることを確かめたものと思われます。

それからまた会計カウンターに案内され、”3,450ルピー(約5,500円)払ってください”     ”えーっ!たかが耳垢を取ってもらうのに5,500円かよ”・・・母親ならタダだけど、医者にやってもらったらそんなもんか。。健康保険があるわけでも無いし。                                                   ところが、このWaxを取り除くのが難儀でした。                          ベッドに寝かされて、耳にWaxを溶かすためと思われる液体を注ぎ込まれ、麻酔こそしなかったものの、ピンセットのようなものでつまみ出そうとしたり、さらに液体を流し込んで出そうとしたり、20分ぐらいかかったでしょうか。最後は細いパイプの付いた吸引機を使ってやっとのことで引き出しました。恥ずかしいですが、下に写真を添えます。普段麺棒なんかで耳の中はちゃんと掃除してるんですけどね。

*大きめのご飯粒くらいのサイズでした。きっと砂とかゴミが入って、それが核となって、耳垢が徐々に付着し大きくなっていったのでしょう。そのうち井伏鱒二の”オオサンショウウオ”のように耳から出れないほどになって、鼓膜の邪魔をしていたのだと思います。

でもそれが取れるやいなや、耳鳴りはピタリと止み、世の中が変わったようにクリアーに聞こえます。これは5,500円払う価値はあるわ!確かにプロでなければ取り出せなかったでしょう。難聴の心配も杞憂に終わり、めでたしめでたし。

耳鳴りーその1

日本から帰ってから間もなく、右側の耳で耳鳴りが始まり、当然ながらよく聞こえなくなってしまいました。耳のなかに水が詰まったような不快感の上に、ジーーーと言った耳鳴りが聞こえます。何もしないと痛くはないのですが、耳のなかの”水”を取り除こうと、入りはしないものの小指で掻き出そうとしたりすると耳の内部に痛みも感じます。              歳も歳だし、これは難聴の兆しであろうか?母親は晩年結構耳が遠かったし、兄も最近片方の耳が難聴気味みたいだし、私にもその時期が来たのか。 耳が遠くなってもゴルフはできるけど、なんとか難聴は避けたい! 何度も聞き返すのは格好悪いし、TVを大音量で見なければならないとすればそれも悲しいし。

インドの歯科に行くのも躊躇しなくなった私は、一般的に評価が高いインドの医者ならちゃんと診てくれるであろうと、早速耳鼻科の医師を紹介してもらうことにしました。 間もなく、会社スタッフが事務所のすぐ近くにある私立大手の”Apollo Hospital”の耳鼻科のDr. Ameet Kishoreという先生を紹介してくれました。14:30のアポだけど、その前に確認の電話かSMSがあるのでそれを確認して、初めてなのでやや早めに行くように、とのことです。

*Apollo Hospital. インドでは私立と公立の病院では雲泥の差があるそうで、ここは私立の最大手のひとつです。

歩いてでも行ける距離なのですが、病院を分かっているGovindちゃんに連れてってもらった方がよい、とのアドバイスで車で参りました。                              一階に受付があると思う、という簡単なアドバイスだったのですが、すぐにそれらしきカウンターを見つけ耳鼻科の場所を聞くと、                                ”あなたは何人?中国人?” というので”日本人です” というと、                                       ”じゃ、この先右の”International Patient” で受け付けしてください” と言われ、行ってみると、                                                                                          ”パスポートは?”                                            ”いや、必要ないと言われたので持って来なかったです”                     出直しか、と思いきや、近くにいた親切な他の患者が ”メールでコピーを送ってもらえばいいんだよ”                                                 ”なるほど。じゃ、メールアドレス教えてください” と受付に頼むと、女性の受付嬢が名刺をくれましたが、”WhatsAppなんかでパスポートのコピーを送ってもらってもいいいですよ” と言うので、会社のアドミスタッフに電話して、即送ってもらい、携帯でパスポートのコピーを見せながら、書類に住所、氏名、生年月日などを書いて受付開始。やっぱ、スマホは便利。                       ”どの先生とアポがあるのですか?”                                  ”Dr. Ameet Kishore先生なんだけど、今日彼は忙しくて、別の先生が診てくれることになっているんですけど”                                            ”じゃ、その先生の名前は?”                                        ”電話で言われたような気がしますが、覚えていないです(本当は聞き取れなかった)。でも耳鼻科から14:30アポ確認の電話もらってますから、彼らが知ってますよ”               ”(しょうがねーなー、という顔をしながら)じゃ、Dr. Ameetの名前を書いておくので2階の1122号室に行ってください” ・・・続く。

*14:00ごろ外国人受付の脇、ムスリムが病院内でお祈りを始め、ちょっと異様な雰囲気でした。確かにこの地区はイスラム教徒が多いらしいです。

*病院内にはレストランなんかもあって、日本の病院と見た目はあまり変わりません。

まんぷく

毎朝8時からのNHK連続テレビ小説”まんぷく”は見ていますでしょうか?サラリーマンで8時に家に居る人はまず居ないでしょうから、案外少ないかもしれません。”チキンラーメン”を発明した安藤百福(日清食品の創業者)とその家族の物語りです。                             ”TV Box”導入してから日本のテレビが見れるようにはなったのですが、8時からの番組を見るには朝4時半に起きなくてなりません。さすがにそこまでして見なくとも、今は”気ままにYoutube” という便利なものがありますので、私はそちらで楽しんでおります。       途中から見始めたものではあるものの、私にとってはいまやNHKの大河ドラマと並びもっとも楽しみにしている番組のひとつになっております。                                                      なんでもこの番組のお陰で今また”チキンラーメン”が爆発的に売れているとか。私も40年ぶりぐらいに食べてみたいけど、インドで買えるはずもなく、先々週の一時帰国時買ってこなかったことが少々悔やまれます。                                       ところで、私は日清食品は日清製粉の子会社かなんかだとばっかり思っておりましたが、日清食品と日清製粉がまったく関係のない会社だったとは、今のいままで知りませんでした。  名前が同じで、使っている材料もほぼ同じですからね。サイトによると、日清製粉の方がずっと歴史があるのですが、日清製粉の社長令嬢だった正田美智子様が皇室に入ったため、同じ名前を使っていた日清食品が好印象を持たれ、ずいぶん得したとか。             番組では新商品としてカップヌードルがまさに世に出ようとしているところです。      ”どんぶりなんかどの家にもあるもの。そんなもん売れるわけがない” などという批判を跳ねのけて。

チキンラーメンはなくとも、インドにもカップヌードルはあります。やはり”NISSIN”が最も有名で、カレー味をベースとしたインドで生産されたものです。私も飛行機での移動時、食事時に重なると食べることがありますが、日本製のカレー味とはだいぶ違います。かなり辛く、且つ塩辛いです。これはCAが、安全のためお湯を少なめに入れるからだと思います。

*NISSINのカップヌードル。チキン味とかベジタリアン向け等ありますが、どれもカレー味ベースです。

日本では100億食も売れたといわれるカップヌードルですが、インドではいまいちの人気です。なぜ?と聞くと”不健康だから” というのですが、体に悪いものが入っているということではなくて、栄養が偏っている、ということみたいです。確かにそれは一理あります。    そもそもインドで”ヌードル” という食文化が入ってきたのは1980年代、約40年前になってからだそうです。最初はMaggi(ネスレ社)のMaggiヌードル。”Maggiがインド人にヌードルというものを教えてくれた” とまで言う人もいます。それから後2000年ごろからカップヌードルがはやりかけたけれど、今はそれほどでもないそうです。カップヌードルは50ルピー(80円)ほどで、Maggiヌードルは15ルピーと3倍以上の値段差も大きいのかも知れません。

*ネスレのMaggi Noodle.右が出来上がったものですが、スープヌードルとは言いがたいスープの量で、焼きそばとの中間みたいな感じです。製作時間は2分ですが、家庭ではその中に野菜などを入れて栄養バランスを取るようにするそうです。でもインドではヌードルは食事とは考えられておらず、スナックやおやつの感覚ですので、日本ほど一般的ではありません。

 

 

ずぼら

11月6日に投稿した”池袋の夜” を読んだある読者から、                      ”驚きました。昔近くに職場があって、写真に写っている美久仁小路の「ずぼら」には昼も夜もよく行ってました(昼はもちろんランチ)” というコメントをいただき、私も「ずぼら」という店を撮るつもりの写真ではなかったので、ちょっとミステリーっぽいめぐり合わせのようなものを感じ、”今度日本に行ったら是非行ってみよう” なんて思っておりました。                          幸い池袋は電車一本で20分ぐらいで行けますので、今回の一時帰国で早速行ってまいりました。道を隔てて1号店と2号店があるのですが、両方あわせても30人も入れないくらいのこじんまりとした店です。一階はカウンターのみで、数席開いていたカウンターがタッチの差で2-3人の外国人(たぶんヨーロッパ人。だけど日本語で話してました)に席を取られたので、2階に通されました。この店は外国人にも有名なのだろうか。あるいは日本に住んでいる常連外国人か。

*写真に写っているのは2号店の方で、私は反対側の1号店を訪ねました。

2階席はカウンターと2つほどのテーブルがあり、カウンターには2組、テーブルには1組のどちらもご老人カップルです。みんな常連のようで、カウンター内のマスターも交えて皆仲よさそうに盛り上がっておりました。                                      そこにスーツ、ネクタイ姿はちょっと場違いな感もありましたが、仕事帰りなので仕方がありません。なにやら池袋の昔話に花が咲いています。終戦後の闇市のこととか、昔のこの店の近辺の様子だとか、皆さん池袋とともにその時代を生きてきた人たちなのでしょう。

*ご老人たちが帰ったあとこっそりと撮ったものです。その日は好物のアンキモが食べられて幸せでした。

飲み始めて5分も経たないうちに、                                               ”お兄さんはここは初めてですか?” なんて隣のテーブルの老婦人に話しかけられ、  ”はい、初めてです”                                           ”どちらのご出身?”                                             ”長野ですけど”                                               するとカウンターに座ってるおじさん(おじいさん)が ”私の親も長野の出身ですよ”        また隣のご夫人の旦那さんと思われるご老人は ”私は長野に親戚があってそこに疎開してたですよ” なんて、疎開という話はもちろん知ってはいますが、考えてみると実際に疎開していた人に会ったのは初めてかも知れません。そのうち私が ”そういえば蛍の墓なんて小説というか映画がありましたが・・・” なんて言ったとたん、3組とも一気に話に加わって、      ”あの映画なんてまだマシだよ” ”えーー!?そうなんですか・・・”               そして、野坂昭如がどうの、その親父がどうのと詳しいこと詳しいこと、驚きました。皆さん野坂昭如とほぼ同世代で、彼は、彼らの世代を代表する作家の一人ということなのでしょう。                                                     ”何年生まれ?” ”昭和XX年です”                                 ”現役のせいか若くみえるわね” なんて、この年になると若く見えると言われて悪い気はしませんが、彼ら諸先輩も元気なこと。毎日この店に来ているとか。それも納得できるようなアットホームな店の雰囲気でありました。池袋もいい感じです。

*美久仁小路の奥。”♪さよならなんて言われない~夜の池袋~” なんて歌われたのが分かるようです。でもなんで”言われない” なのでしょうか。