月別アーカイブ: 2018年10月

逆走には慣れたけど

日本人関係のゴルフの集まりは、多くの場合はグルガオン(デリー南西の隣町)にあるゴールデングリーンズという場所で開催されます。今の時期、受付が5:30から、プレー開始が6:30~7:00ごろになり、デリーからは空いている早朝でも車で1時間ほどかかりますので、4時前に起きて、4:30には出発しなければなりません。それどころか、ニムラナというデリーから見てグルガオンの反対方向、そこは既にグジャラートという隣の隣の州になりますが、日本企業の工場地帯もあり、そこから来る人も結構います。ニムラナからゴルフ場までは2時間ぐらいかかりますので、その辺に住んでいる人たちは3時前に起きることになります。                                                     それでも、そんな早起きをものともせずコンペの時には皆ちゃんと来るのですから、ゴルフとはよほど面白いものなのか。もっともインドでは休日にゴルフ以外にこれと言ってやることもない、娯楽がない、というのも事実ではあります。                                                      4:30といえばもちろん世間は真っ暗。そんな週末のある日のこと、日中では考えられないような空いた片側2車線の道路の内側車線を(MGロードという幹線です)、70Kmぐらいのスピードで調子よく走っていると、オートバイが正面から逆走して来ました。逆走には慣れているものの ”バカヤロー、逆走するなら道の端っこを走れ!” と心のなかで叫びつつ、なんなくかかわせました。オートバイですから、車幅はないので、ちょっとハンドルを切るだけでかわせます。ほっとする間もなく、今度は2つのライト、すなわち自動車が真正面に現れました。 すわっ!正面衝突!!                                         幸か不幸か、その対向車はまったく避ける気配なく、堂々とこちらに向かってまっすぐに走ってくれたので、私の車が左によけることで、間一髪正面衝突を避けられました。 冷やせをかきながら、”インドとは言え、まったくひでーマナーだな!”。 ところが、左側の車線に移って、前方を見ると、後から後から車が繋がって来るではないですか。 なんと、そこの部分は一時的に片側対面通行になっていたのです。                             しかし、何の案内もなく、2車線の道路を2つに区切るでもなく、人が立って案内をしているわけでもありません。いきなり、なんの前触れもなく、真っ暗のなか自分の走っている車線が、反対方向を走る車の車線になっていたのでした。”おいおい、デリーポリスは何をしてるんだ!?これでは事故らない方が不思議だろ。せめて”左を走れ” とか”対面通行中” とか何とか表示しておけよな” 仮に昼間であれば、反対車線が工事かなにかで通行止めしているのが見えたかも知れません。しかし街灯もほとんどなし、信号も機能していない真夜中の道路でこんなことをされてはたまったものではありません。

気を取り直して、その先しばらく行くと、今度は”DELHI POLICE” とかかれた黄色のバリケードのようなもので道路を半ば封鎖しています。そこは大きくゆっくりと左右にハンドルを切らないと先に進めません。”今度はデリーポリス、なんのためにこんな迷惑なことやってるんだ!こんなことをやって何の意味があるんだ?” 事件でもあって検問している、というなら分かります。しかしPoliceは道路脇の椅子に座って、なかば居眠りしているだけです。ただ、通行の邪魔をしているだけにしか見えません。ライトが壊れたまま走っている車もあるので、そんな車に突っ込まれたら、お廻りさんたちもただでは済まないでしょう。        ”そんなことしている暇と人がいるなら、この先の対面通行を案内しろよな”。             まったく理解に苦しみます。

 

パパイヤ

”食べるとお父さんを嫌いになってしまうフルーツなーんだ?!” なんてなぞなぞがありましたが、パパイヤもマンゴー同様、日本では買って食べる習慣がなかったせいでしょうか、インドに来て3年半にもなるのに、これまで自分で買って食べることはありませんでした。もちろんホテルなどで朝食のデザートとしては普通に食べていましたが。             英語ではPapaya。パパヤと読みたくなるのですが、発音はやはりパパイヤが近いようです。                                                  Govindちゃんによると、10月の今頃がパパイヤの一番良いシーズンなそうな。パパイヤはマンゴーと違って、種の部分が少なく実の部分が多く食べやすそうだし、じゃ一度買ってみるか、と食料品を買うついでにスーパーで一個買ってみました。

*左隅に写っているのは”100円ライター”。停電のときはガスの点火に必要なので、常備しています。大きさの目安に置いてみました。

 

*中に種があるものと無いものがあるのですが、味は同じそうです。たまたま種無しパパイヤでしした。右の写真はサイトからコピーした種のあるパパイヤ。なんかきれいな黄色で高級そうに見えますね。

ひとつなんと39ルピー(約60円)。小さいスイカほどもあるパパイヤ、重さも1Kg以上はあります。運賃だけでも60円ぐらいはかかるのでは?どうやって利益を出すんだろう、また生産者の売値どんなものなんだろうかなどと心配になるくらいです。”生産する”のではなくて、ただ自然に生えているものを取ってくるだけなんだろうか。。。それにしても驚くべき安さ。

*パパイヤの木。(木ではなく草として種類分けされる場合もあるらしい)こちらもサイトからのものですが、種を撒くと簡単に発芽し、観葉植物としても楽しめるとか。

これひとつあれば3日も4日も食べ続けることになります。 一人暮らしの私が、なんとなく買うことを躊躇していたのは、この辺も理由だったのかも知れません。

今回買ったものはちょうどよい熟れ具合で、味もなかなかのもの。個人的にはマンゴーの方が好みではありますが、人によってはパパイヤの方が好きな人もいるかも。マンゴーは4月下旬から8月ぐらいまでだけなのですが(冷凍物はある)、パパイヤは不思議なことに年中売っています。 日本でも売っているのだろうか?今週日本に一時帰国するのでお土産にでも買って帰ろうか。日本での検疫?これまでの経験からは問題なし!万が一摘発されても大した”損害”でもないし。

街の靴屋さん

CAの面接試験が行われていたバンガロールのホテルを出て、事務所へ向かう途中、一緒に歩いていた現地スタッフがある店の前で急に止まりました。何だろう?と見てみるとそこは靴屋です。そのスタッフはムンバイから来ていたのですが、そこはハンドメイドの靴屋で、ちょっと興味が沸いたようです。そういえばデリーでは靴の修理屋にはお世話になったけど、ハンドメイドの靴屋にはお目にかかったことなかったので、私も覗いてみました。                                                    彼は現地の言葉で値段を聞いているようです。一足3,500ルピーほど(約5,600円)。    まあまあの価格です。インドでは決して安いという金額ではありません。           でもその彼は即買うことに、というか作ることに決めました。ほうほう、なかなか決定が速いね。”以前もこんな店で作ったことあるの?” と聞くと ”いや初めてですよ”  ”ふーん、そうですか。なかなか良さそうだから私も作ってみようかな” と私もなんとなく即決。彼とまったく同じスタイルの靴を作ってもらうことにしました。

*店と言えるような構えではないですが、インドではこんなもんです。左の人物が会社のスタッフで、足の採寸しているところです。

*”店内” の様子。雑然としていますが、靴そもののはなかなか高品質に見えました。バッグなんかも吊るしてありましたが、ちょっとセンスが・・・

靴下を脱いで、足の型取りと甲の部分の外周の長さを計って終了。これで甲の部分の高さが決まるのでしょう。いつできるのかと聞くと、”20日後です” ”え!?今日帰るんだから、今日出来なかったら持って帰れないよ” ”いや、出来たら郵送してくれるんですよ。送り先をここに書いてください” ”それはそれでいいけど、ちゃんと送ってくれるんかね?” ”まず、2,000ルピーを支払って、到着したら残金を払うことになります。現地のスタッフに残金を渡しておいて、納品を確認したら、残金を持ってきてもらうことにしますから大丈夫でしょう” なるほどね。インドの配送システムはまったく信用できないと思うけど、もう乗りかけた船だからダメもとで試してみるか・・・デリーの事務所に送ってもらうことにして、名刺を置いてきました。

*白い紙の上で足の型取り。鉛筆で足の回りをなぞるだけです。私は左右の大きさがやや違うので両方の足を同じ紙の上で交差させて型を取りました。

事務所に着いてこの話をしてみると、ある別のスタッフは、”そういうのどうなんですかね?地元の靴屋でつくるなら、作っている途中で”試し履き”などできるからいいけど、一発勝負ですからねえ。修正するならまたここに来なくちゃなりませんよ”                         なるほど、それもそうだけど、もう遅いよ!                               ハンドメイドの靴屋はデリーにもないことは無いようです。昔は時計修理屋とか街の電気屋とか写真屋(現像屋)があちこちにあったように、ハンドメードの靴屋も普通にあったんでしょうが、今や会社というか工場で作った多くの靴の中から選べばまず問題ないでしょうから、さすがのインドでも珍しい存在になりつつあるのでしょう。                                  同じように、インターネットのおかげで、駅前にあると相場が決まっていた銀行の店舗とか不動産屋の店舗なんかもこれからは無くなっていくんでしょうか。もう店舗に行く必要がないですからね。                                                とにかく20日後にちゃんと届くか?またその履き心地はいかに?追って報告します。

スチュワーデス募集

”スチュワーデス”という言葉はもうほとんど使われなくなりましたね。今ではキャビンアテンダント、略してCA、あるいはキャビンクルー、エアーホステスとか。 エアーホステスという言い方はやや侮辱的か。 CAが一番一般的かも知れません。                                       筆者が学生のころはスチュワーデスといえば、まだ女性のあこがれの職業のひとつでした。中学校の同級生でJALの国際線CA(以下CA)になった女性がいましたが、当時それはそれは恵まれた待遇で、給与の高さも去ることながら、仕事の日は東京の自宅から成田までタクシーで送り迎えしてくれる、と聞いてびっくりしたものです。 数年前、JALが左前になったときには、そんな法外とも言える待遇を思い出したものです。                                      また、面白いことに他の同級生の女子からは、CAになった彼女に対し、陰で悪口を言う言う。それもやっかみがなせるものだったに違いありません。

さてスリランカから帰った翌週、バンガロールにて上期総括の会議を持ったのですが、2日目の朝、ホテルのロビーに、普段見たこともないようなすばらしいスタイルの若い女性が何人か目に入ってきました。彼女たちは受付とちょっと言葉を交わし、ホテル内のどこかに消えてゆきました。それだけだったらまあまあ普通のことですが、似たような女性たちが次から次とホテルに入ってきます。                                               ”あれー、これは尋常ではないぞ。なにかモデルでも集まるイベントでもあるのか?” と思い、ホテルのイベント案内をみると ”Indigo Air Cabin Crew Interview” とあります。なるほど。CAの採用面接の日だったのです。私も含め、会社の他のスタッフも見とれていて、ロビーにあるソファーを離れようとしません。”会議は9時からはじまるんだけど・・・” しかし元々時間などあってないようなインドですから、誰も時間を気にしていない様子。 ま、すこしぐらいいいか。

ところで、インドではCAはまだ憧れの職業か?との問いに対しては、”給与はいいので志望者は多いけど、家庭によってはダメというところも少なからずある” そうです。インドではウェイトレスという職業が無いに等しいと言えるように、女性がお客にサービスする職業を嫌う家庭も多いようです。それは宗教とは無関係ではないでしょうが、カーストとは関係はないそうです。カーストは職業から来ているとも言えますので、カーストができた時代はIT技術者と同じようにCAなんてな無かったわけですから、納得できます。                  ちなみに給与はどのくらいかというと、10万ー15万ルピー/月(約16万円から23万円ぐらい)とのことで、確かに同世代の一般事務職と比べたら、3-4倍ぐらいの違いがあります。しかし、CAの”寿命”は短く、せいぜい4-5年で地上職に配置換えになり、そのまま一般的な給与で働くか、ホテルなどに転職してゆく人が多いそうです。たまたま質問した会社のスタッフのアパートにCAの家族が住んでいたので、詳しいことを知っているとのことでした。でも、給与など聞けるのだろうか?インドなら普通に聞けるかも知れません。                            ただし、エアーインディアは別です。こちらは国営のため、待遇が良いだけでなく、首を切られることがありません。よって、エアーインディアのCAは恰幅のいいおばさんばかりで、ベテランになるとビジネススクラスを担当するとか。序列から言うとわからないでもないですが、高い料金払って、贅肉たっぷりのおばさんCAじゃなー・・・こちらはJALとは別の理由で左前になる日も近いか。いやもうなっているかも。

スリランカへの旅-3

4日目にして初めて首都コロンボに宿泊。                              ホテルは海岸沿いのとても良いロケーションです。翌朝、日課の散歩は海沿いを歩いてみることにしました。首都という大きな町のせいでしょうか、インドほどではないにしても結構ごみが目につきます。

*線路の右側が海です。写真ではあまり目立ちませんが、沿道に結構ごみが捨てられておりました。でもインドよりはずっとマシ。

*線路を渡って海岸へ。

線路沿いに30分ほど歩いていたのですが、線路の反対側はすぐ海です。せっかくだから海にまで行ってみようと線路を横切ろうとすると、ある男が近づいてきて ”電車が来るから気をつけて” と言います。”OK,OK。No Problem!” と線路を渡り始めるとその男も着いて来ます。そしてお決まりの質問 ”どこから?” ”ん?インドから” というと ” その顔はインドではないよ” そりゃそうだ。 ”もとは日本だけど・・・” と言うと ”Ohhhh! Japan!!” と大げさに驚いて見せまます。”私はあそこのホテルでコックとして働いているんですが、私の兄弟が日本人と結婚して、今名古屋にいますよ” ”ほうほう、それはちょっと奇遇ですね” と心の中で思っただけですが、その男、”ちかくにとても有名なお寺があるから案内させてください” と言います。”いやホテルに帰るところだから” と固辞。”ほんの10分ですから。ほら(3輪の)タクシーも拾いましたし” ”いや、興味ないし。帰りますよ” でもその男私の手を引いて連れて行こうとします。 まあ、こんな早朝から追い剥ぎでもなかろうし、貴重品も持ってないし、本当は時間があったので、”じゃ、10分だけ” と言って3輪オート(インドのオートリキシャーと同じ)に乗り込みました。                                         ”ここは仏の髪の毛を祭ってあるんですよ。コロンボではとても有名な寺院です” ”はあ、そうですか。仏の髪の毛や歯がなんでそんなにありがたいの?” と内心では思いつつ、でも彼は真剣にお祈りしています。

*お寺の入り口。

*中の仏像。色がとてもカラフルです。

寺の中を10分ほど案内をしてくれて、来る時に乗った同じ3輪オートに乗り、今度は近くのお寺直営のティーショップに案内すると言います。おいおい、こいつもお決まりの、店の回しものか? 観光客をガイドして、帰りにお店に案内して、マージンをせしめるあれです。                                                ”興味がないからいいよ” と固辞しているともう着いてしまいました。 朝の7時前なのにもう開いてます。 ”興味がないし、お金もないから” と強い調子で断ると、ちょっとがっかりしたように、再びタクシーを走らせました。                                 さて、ホテルの近くに着くと、なんと”タクシー代を払ってくれ” と言います。”ばかいうな。お前が勝ってに誘ったんだろう。自分で払えよ。そもそもお金持ってないし” その男は私のはいていたショートパンツのポケットに一瞬目を向けます。実際財布は持っていなかったのですが、裸の現金を1,000円分ぐらいは持っていたものの紙幣ですので、外からはわかりません。3輪オートを降りて、歩いて帰ろうとすると、今度は3輪オートの運転手まで”金払え” と言い出しました。”ふん!知ったことか” と無視してさっさとそこを離れたのでした。                                                      それまでなかなか良い印象だったスリランカの旅も、最後に来てやや印象悪化。でもこの男も金を巻き上げようとしていたわけではなく、(日本人ならお金もってるはずだから)タクシー代くらい払ってくれて当然、という感覚だったのかも知れません。                  そうは行きませんぜ。誘った方が支払う、というのは世界共通の常識でせう。

 

スリランカへの旅-2

翌朝チェックアウトして、Mr. OOの請求書を見てみると、診察代も薬の請求もありません。 只?タダほど高いものは無いというけれど、そうだとするとインドでは考えられないサービスです。それどころかインドでは外国人と見ると値段を吹っかけるとも言われております。スリランカの印象さらに向上。

Mr. OOは解熱剤のお陰で小康状態を保っているようでしたが、”やはりダメそうなので、今日日本に帰ろうと思います”。 チケットを買い直してまで帰ろうというのだから余程調子が悪いに違いありません。JALに連絡をとって、新たに買いなおし、お昼の12時ごろタクシーでコロンボに向けて出発することになりました。                                一方私はそれまでブラブラしていてもしょうがないので、Mr. OOを冷たく放置して、予定通りシギリアロックに行ってみることにしました。シギリアロックはスリランカでは1-2を争う観光地です。そこはオーストラリアのエアーズロックのような大きな岩山で、昔の王様がそこを要塞に仕立てたところとして有名です。

頂上までの高低差およそ300mですから、登頂には1時間ほどかかります。もう日差しは高く、暑かったですが、ここまで来て登らない手はないと、覚悟を決めてスタート。途中では、息も絶え絶えに階段の途中に座り込むご婦人などもいて、”あれだけ太っていたら、この急な登りは厳しいだろうな” などと思いながら、大汗かいて一気に頂上まで登頂。そこから360度の眺めは絶景でした。吹き飛ばされるぐらい強い風が吹いていましたが、時間があればそこでのんびりするのもいいでしょう。でも私にはMr. OOを見送るために12:00前にホテルに帰らなければなりません。

*左の写真はライオンの足をかたどっていますが、出来たときは全身の石像だったそうです。右は頂上からの風景。360度のパノラマです。

*不思議なことに頂上に池がありました。雨水を貯めたものか?

Mr. OOを見送った後、その日は一人で200Kmほど離れたKandyという街に向かいました。                                 スリランカはデリーと違って、海に囲まれているので、普通にフィッシュカレーが食べられるだろうと考えていたのですが、それまで内陸を移動していたせいか、なかなかその機会に恵まれませんでした。Kandyに向かう途中、ようやくフィッシュカレーを食べる機会に恵まれたのですが、期待していたえびカレーは無く、川魚(鯉)のカレー。これじゃデリーと変わらず。

*普通昼間からお酒を出すところは少ないようで、途中酒屋にてビールを仕入れ、ランチの前に車のなかで地元のLionビールを一杯。右が鯉のカレーです。その他は野菜のカレーといった感じ。

KandyはColomboに次いでスリランカでは第2の街。標高600Mほどの高原で、一年を通して22度~28度と極めて過ごしやすいところです。

*このKandyには仏の歯を祭ってある、”仏歯寺”という有名なお寺もあります。その周りに湖などもあるいかにも高原の街という雰囲気です。

Kandyでのホテルは冷蔵庫も無いし、WiFiが使えるのはロビーのみという今では考えられないような設備。しかも客が通る通路のあちこちに掃除用具などが置いてあったりして、前日のホテルとの落差があまりにも大きくちょっとがっかり。夕食は続けてカレーを食べる気にもならず、春巻きなどをおつまみにビールを2本ほど飲んで終了。でもビール、春巻きは問題なし。

*Kandyでのホテル全景。結婚式なども行われてましたので、格式としてはまあまあのホテルなんでしょう。