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インドの所得税納税者はたったの1%

インドで生活を始めて1年以上が経ちますが、インドで所得税を払っているひとは全体の1%しか居ないというのは最近知りました。人口12億人ですから(実際はもっといると思いますが)、1%というと1,200万人ほどです。もちろん税金は所得税だけでなく、消費税等の間接税もたくさんあり、サービスを受けた人みな平等に負担はしているのですが、それにしてもたった1%の人しか所得税を払っていないとは驚きです。                                                     所得税が課せられる基準は、月収25,000ルピー以上で、それ以下は無税になります。(女性は30,000ルピー以上) 25,000ルピーというと約45,000円ほどで、大卒初任給程度といったところでしょうか。所得がはっきりしている人、すなわちサラリーマンというか給与所得者で、且つ上記の金額以上の所得者に課税されるわけです。日本と同じように個人営業者とか個人営業の医師、弁護士などは所得が把握し難いので、ごまかし放題といっても言い過ぎではありません。                                                      しかも、農業収入に対する所得税はゼロ。仮にいくら儲かっても無税。インドでは農民が80%ほどを占めますが、彼らはすべて無課税。中には農業をしながら事業を営む人も少なからずいて、彼らは事業ではいくら儲けても事業収入には計上せず、農業収入としてしまえば税金を払う必要がないというわけです。

一方間接税はというと、インドではやたらと種類があります。付加価値税、サービス税、教育税、環境税などと、レストランやホテルに泊まると、いくつもの税金が加算されて、あっという間に基本料金の25%以上になってしまいます。間接税の種類は7種類以上あって、複雑極まりありません。しかも政府により、新しい税金が何時の間にか施行されて、急に新しい税金を支払わなくてはいけなくなる、あるいは急に税率が上がった、なんてもの普通のことです。去年は環境税というのが新たに作られ、最近では0.5%とは言いながら”農業振興税”などという良くわからない税金も6月1日から導入されました。そんな新しい税金が設定されたとしても、その影響を受ける人たちはほんの一部ですから、消費税を2%上げることで大騒ぎするような日本のようなこともありません。

そこそこの給与所得者は、所得税で30%ぐらい税金を取られ、間接税で20%ぐらい負担させられ、”収入の半分近くは税金に持っていかれてしまう” という不満もそれほど大袈裟でもありません。                                                    このところ経済成長が目覚しいお陰で、いまでもインド政府は結構”お金持ち” だと思うのですが、仮に国民半分からでも所得税を徴収できたら、大金持ちになること間違いありません。しかし、そういった低所得層とか農民の支持で議員になっている人がほとんどですので、仮に1%の人が税制について抵抗したところでなんの力もなく、制度を変えるのは容易ではありません。

Bagdogra(バグドグラ)

Bagdogra(バグドグラ)は西ベンガル州の北部にある小さな街です。インドの地図を見るとコルカタの北にボトルネックのようにくびれた地域があります。インド国土の幅が30Kmほどしかない地域でそこを東に出るとアッサム州、さらに先に行くと日本人にはおなじみのインパールがあるマニプール州などが広がっています。車で西に20分も行くとネパール。ブータン、バングラデッシュも近く、まっすぐ北に行くと紅茶で有名なダージリン。そこを越えるとインドでもっとも小さい州のシッキム州、その先は中国との国境になります。

NBU(North Bengal University=北ベンガル大学)というところに仕事があって一泊で出張してきたのですが、空港まではいつものようにOLAタクシーを利用。ところが珍しいことに女性のドライバーでした。初めてです。英語も問題なし。しかも若くてなかなかチャーミングな顔立ち。助手席には見習いの運転手を乗せていましたので、彼女はそこそこ経験があるのでしょう。途中システムが故障するトラブルがあったものの、とても丁寧でこれまでのOLAタクシーで最良の運転手です。(乗ったあと運転手のサービスについての評価を聞いてくるシステムになっているのですが、最高点をあげておきました)

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*女性らしい基本に則った運転ぶり。

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*NBUのキャンパス。緑が多くて木々がきれいです。(砂埃をかぶってない)

さて、バグドグラは上記のような地域ですので、さぞかし街の様子も人々もそして料理なんかも違うのでは?と初めての国にでも行くようなワクワク感がありました。どの国でも初めての国というのはエキサイティングなものです。                                   確かに人々の顔がアジア人に近くなってきます。典型的なインド人もたくさんいますが、日本人や中国人と変わらない顔やインド人とのハーフっぽい人など多彩です。雨も豊富らしく、空気もきれい。街は緑が豊富で木々の葉っぱがとてもきれいで、その部分だけ見ると日本にいるようです。ダージリンにも近いので茶畑もたくさんありますが、そんな環境でなかったなら良いお茶の葉も採れないでしょう。

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*ホテル近くの仏教寺院。わかりにくいと思いますが、女性の顔は中国人に近いです。

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*ホテルの近くの空き地。緑が豊富です。

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*道路沿いの茶畑(ダージリン)

しかし、人々の生活は一見したところ、インドのどこにでもあるような街と似たようなものでした。街はゴミだらけだし、クラクションは鳴らしっぱなし。牛もあちこちにいっぱい。ま、牛はいてもいなくても構いませんが。食事もほぼ同じようなもの。でもお昼に食べたマサラナンは絶品でした。それは単に焼き立てだったからでしょうか。普段はデリバリーされたものを食べているので、少々冷えてしまい、本来のナンを楽しめていませんので。

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*みたところおいしそうに見えないとおもいますが、このマサラナンは絶品でした。

ところで最初に女性タクシードライバーのことを書きましたが、先日の新聞に”インドでは毎日280人の女性が行方不明になる” という記事がありました。いくら人口が多いといえなんとも信じられないような数字ですが、あんな女性タクシードライバーこそもっとも被害に会いそうに思えますが、大丈夫なんでしょうか?

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デリーに一人暮らしは居ない

先日のYahoo Japanの記事だったか、東京では30%の人が一人暮らしだそうです。他のアジアの国々では多い国でも4%程度。クアラルンプールやバンコクで4%、北京で3%ほど。デリーではなんと0%。正確には0ではないでしょうが、1%に満たないのでしょう。 (これはアジアの国と比べてのデータでした。欧米はわかりません)                                                    なぜ東京がそんなに突出して一人暮らしが多いのか?男女ともに独身者が多いということと年配の一人暮らしが多いということでしょうか?学生が多いというのもあるでしょう。サイトにはその辺の分析までは書いてなかったですが、きっとそんなところでしょう。やむにやまれずという人も少なからずいるでしょうし、自分で選択しての一人暮らしも多いのだろうと思います。一人暮らしは不経済だけど、気楽であることは間違いありません。寂しいけれども衝突したり、気兼ねするような相手もいない。

一方インドの0%ってのはなぜか?恐らく経済的な理由が第一だろうと思われます。デリーでは大卒の初任給が4万円程度とかなり良い方なのですが、アパート代なんかもそれなりの金額ですので、さすがのインドでも一人暮らしは困難か、とても不経済です。 仮に独身であっても、友達と同居するとかで2人以上で住む、というのが普通だということです。                                                  確かに社員を見渡してみても、夫婦2人だけの家庭もいますが、2世帯家族は普通のことで、義理の親と自分の兄弟夫婦との8人家族とか、大家族の家庭が多いです。こんな給与でどうやって暮らしているのだろう?なんて金額でも、家族で持ち寄れば十分食べてゆけるというわけです。

大家族だと経済的なメリットの他にも、じいちゃん、ばあちゃんが孫の面倒みたり、逆に孫たちは社会、人間関係というものを学んだりと良い点もたくさんありますが、定番の姑と嫁との問題や舅とか小姑との軋轢などはないのか? この辺を会社のスタッフに聞いてみると、やはりというか、当然のことながらインドでも99%の家族はそんな問題を抱えているとのことでした。そしてそのほとんどは嫁と姑の確執ということです。 この辺は万国共通でしょう。                                          ”もしどうにもならなくなったらどうするの?” と聞くと、”若い夫婦が出てゆく” という極めて当然の答え。昔から一人なら食えないけど、夫婦2人なら食える、なんて言葉もありますから、大家族から離れても、それなりになんとかなるのでしょう。なんともならない人はじっと我慢するか、離婚するしかありません。

そう考えると、一人暮らしや核家族が選択できる日本はやはり経済的には恵まれているのは間違いありません。それが幸せの形なのかは別にして。では、自分も将来は独居老人になるのか?家族(義理も含め)に気を使うぐらいならその方がいいですね、正直なところ。死んだら後は野となれ山となれ、ゴミになるだけです。

Govindちゃんは偉い

運転手のGovind(ゴビン)は、宗教的行事への参加のため3週間ほど故郷のChennai(昔のMadras)に帰ってしまいました。(日本でいう七五三の儀式のようなものらしい)       私も運転免許があるし、OLAタクシーはいつでも使えるのでそれほど困るわけではありませんが、6月5日からお客さんが3日間ほど来ることになっており、仕方なく運転手とタクシーを手配してもらいました。                                          5日は日曜日だったので、社員の一人が雇っているGaneshさんという神様の名前を持った運転手を”借りる”ことにしました。その日はインド日本大使館でレセプション(懇親会)です。日本からのお客さんを空港まで迎えに行ってもらい、宿泊先でチェックインの後 ”では次は日本大使館にお願い” というと”Yes Sir” と返事までは良かったのですが、各国大使館が集まっている地区で少々迷い気味。でもしばらく行くと、左側に”Japan Embassy”という看板が見えたので、一安心したのもつかの間、運転手は通りすぎてしまいます。それでも自信に満ちた顔つきで運転していたので、分かっているのだろうなと思いつつも、なかなかたどりつけません。いくらなんでもJapanの字が読めないはずはないだろうけど、一応”今Japan Embassyの看板が見えたけど。。。”と言うと、”え?Koreaではないのか?” と仰天するような発言。私は間違いなく”Japan Embassyへ”と言ったはずですが、彼は勝手に我々をKoreanと思い込んでいたようです。このGanesh氏の思い込みにはあきれるばかりですが、過日のブログでも紹介したように、携帯や電化製品などから、今やインドでは日本より韓国の方がなじみがあるのです。残念ですが。

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*菊のご紋も神々しいインド日本大使公邸の入り口。

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*大使公邸内でのレセプションの風景。かの財務大臣先生のご尊顔も見えます。メニューはさすがにすべて和食。カレーもありましたが、日本のカレーに間違いありません。

翌日Ganashさんは本来の社員の家族の運転をしなければならないので、別途タクシーを一日借りることにしました。朝8時に自宅に迎えに来ることになっていたのですが、8時を過ぎても来ません。まあ、この辺はインドですからある程度予想はしていたことですが、その日は自分だけではありません。東京からのお客を案内しなければなりませんので、遅れるわけにはいきません。余裕をもって設定した時間ではあったものの、8時半になっても来ず、暑いなか30分以上も待たされイライラは募るばかり。結局到着したのは8時50分。                       さすがの私も怒り心頭に来て、”いったい何時だと思っているんだ!!” と怒鳴っても、どこ吹く風と言った顔つきで、謝る気配など毛頭ありません。”俺のボスが今朝になってからここに来るように言われたんだ。しかも8時15分になって。それでどうやって8時に来れると思う?とにかく俺がわるいんではないよ” ”バカヤロー!お前のボスがどう指示したか知らないけど、とにかくそちらのミスだろう。ざけんな!” でもどう文句を言っても最後まで”すみません”の一言もありません。自分たちのミスを認めたら支払いに響くとでも思ったのでしょうか。                                                     結局その日は9時に待ち合わせしておりましたので、このタクシーでは間にあわず、急遽社員の一人にホテルまでお迎えに向かってもらったのでした。何のためにタクシーをチャーターしたのやら。                                               その日は改めてGovindの偉大さを再認識しました。彼がいままで時間に遅れたことや道に迷ったりしたことはまずありません。英語もほぼ通じますし、正直Govindは立派です。

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*翌日のIndiaーJapanワークショップの風景。参加者は日本を代表する官庁、財界人、技術系企業のトップ級の集まりで、なんで私がここにいるのかちょっと不思議な気もしたのでした。(これはホテルで、日本大使館ではありません)

Varanasi

バラナシはバナラシと言ったり、バラナスあるいはワラナス、ベナレスと言ったり少々紛らわしいですが、ヒンズー教と仏教の大聖地です。ガンジス川での沐浴と、死者を火葬した後ガンジス川にその灰を流す事でも有名です。ヒンズー教徒は、死んだらみな火葬され、ガンジス川に流されることになっているそうですが、もちろんすべてがバラナシからというわけではありません。ここには火葬場も相当数あって365日、24時間焼き続けているのですが、なにせ人口12億人もいますので、死んだ人すべてバラナシで焼いて、流すことなど物理的に不可能です。よって、人々は方々の場所からガンジス川に流されることになります。ただ、バラナシで火葬され、ガンジス川に流された人は一番ご利益があるとされており、死期が迫った人はわざわざバラナシに来て、死を待つ人も少なからずいるようです。                                       いずれにしても、恐らく毎日数千人、数万人が焼かれてガンジス川に流されることになるわけでしょうから、ガンジス川もたまったものではありません。花や、日本でいう灯篭流しのようなものはまだしも、沐浴ではシャンプーしたり体を洗ったりもしますし、洗濯もします。

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*ガンジス川までは車から降りて、500mほど歩きます。40度以上の暑さです。

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*ガンジス川が見えてきました。この階段をガートといいます。乾季でもあるので、川は意外に小さく(狭く)見えました。座っている人たちは物乞いです。

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*いきなり握手を求めてきて、手のマッサージと散髪はいかが?と寄ってきます。写真の人は何も付けないで、頭を剃っていました。カミソリの消毒などしているはずもありません。

岸辺について、小船をチャーターして1時間ほど数箇所のガート(沐浴のために川岸に作られた階段)と”焼き場”を見学したわけですが、ガンジス川の水はさぞ汚れているだろうと思いきや、近くで見ると意外にきれいでした。これなら私でも沐浴しても良いかなと思うくらいです。翌日、仕事関係のお客にそんな感想を述べると、”政府のキャンペーンで、ガンジス川はずいぶん良くなったのだ” という事を言っておりました。                  しばらく前の話ですが、バラナシと京都が姉妹都市になる話があり、バラナシも京都のようにきれいな観光地にすべく、京都市に相談したことがあるそうです。しかし、京都市の結論は”あまりに汚くで今の街をきれいにするのは不可能。新しく作り直すしかない” だったとか。

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*船頭さんと、前方に火葬場の火が見えます。その日は6つぐらいの火が見えました。本当は火葬場の写真撮影は厳しく禁止されています。

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*ガンジス川の猟師たち。魚は恐らく鯉でしょう。市場に持って行って、キロ単位で売るのだそうです。

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*ガートがある対岸です。水はずっときれいに見えました。でもシャンプーしている人もいるし、この水で口をすすぐなどというのはとても考えられません。この写真の方向が源流で、反対側がベンガル湾なのですが、ほとんど流れているようには見えませんでした。水着を着ているように見えるかも知れませんが、そんな人は一人もなく、皆下着です。

確かにバラナシの街そのものは狭くて、汚くて、喧騒に満ちています。バイクや車、オートリキシャーは意味も無くクラクションを鳴らし続けるので、酷暑ということもあって日本人にとっては不快感極まりなし。デリーでも絶えずクラクションの音が聞こえますが、バラナシと比べたらはるかにマシです。会社の同僚に言わせると、”バラナシというところは教育程度がもっとも低いところだから、ああやって意味も無くクラクションを鳴らし続けるのだ” と吐き棄てるように言っておりました。確かにデリーも昔に比べたらずいぶんクラクションを鳴らさなくなりました。政府自らキャンペーンもしています。”そんなにクラクションを鳴らしたいなら、クラクションだけ買いなさい” なんて新聞広告がありました。

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*夕暮れのガンジス。向こう岸がガートのある川岸です。

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*犬にとってはあまりの暑さ。死んだように動きません。

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*最後ホテルへの帰り道でタクシーが故障。ホテルまであと300mほどでした。でもその300mを歩くのが大変。