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スラム街ツアー その1

インドのスラム街といえば、その存在を知らない人はいないと思われますが、インドに住んでいる私でも、実際に行ってみるのはなかなか簡単ではありません。             のこのこ一人で行く気にもなれないし、だからといって会社の地元民に連れてってもらうというのも頼みにくいような気がして、一度行ってみたいと思いつつもこれまでチャンスがありませんでした。                                                   ところがある日、インドでガイドを仕事にしている友人から、”スラム街ツアー” という企画もやっているという話を聞き、即決、参加してみることにしました。ガイド付きで2時間ほどのツアーが1,500ルピー(2,500円ぐらい)とお手ごろなお値段です。                              これまでスラムというとムンバイとかコルカタが”本場” とイメージしていたのですが、デリーでも50箇所近くあるそうです。その日はその中でも最大規模である、Anand Parbatというスラム街で、5-6万人も住んでいます。スラム街というと、掘っ立て小屋がぎっしりと建ち並び、狭い路地に人々が何もしないでたむろしている。水道も下水もなく、飲み水やトイレはどうしているのか不明。電気はあったとしても”盗電” したものを使っている程度であろう、なんてイメージがありましたが、実情やいかに?

*スラム街を上から見た写真です。もちろんほんの一部です。上から、とは高架道路の上から撮ったもので、そこから階段を下りるとスラム街に続いています。

 

*スラム街に入るといきなりトイレがありました。でもこの先トイレを見たのはここだけだったと思います。5万人もいるんですから、ほかにもあるんでしょうが、多くは青空トイレ(線路の脇など)で済ましていると思われます。

*当たり前といえば当たり前なのですが、スラム街の住人もちゃんと仕事をしていました。 ここでは金具を加工してメッキを施しています。右の写真の左側にメッキを施す反応槽が見えます。

*空き缶を解体して、再生するための加工所です。缶の胴体部分と縁の針金のような部分などを分けて”出荷” しているようです。

*このおじさんはプレス機を作っておりました。下がその製品です。

*上のおじさんたちが作ったプレス機。一台30万ルピー(50万円ぐらい)から80万ルピーで売れるそうなんですが、それを10日間ほどで作るとか。本当かなあ?本当だとすれば一日5万円の売り上げで、利益率が20%としても1万円(6,250ルピー)の収入となり”高額所得者”の部類に入ってしまいます。インド人の話だから半分以下に聞いておきましょう。もっとも作るそばから売れるというものでもないでしょうが。

*プレス機を作っている反対側にあった工作機(旋盤)。プレス機の製作とは直接関係ないとのことでした。

*ここはトラックとともに積載重量をチェックする”量り”です。スラム街の一角にはこんな設備までありました。ここで適切な積載重量を確認して、製品を出荷していると思われます。

 

*途中倉庫のようなところで一服。住人(働いている人たち)にコーラをご馳走になりました。”座って一服していけ。チャイはどうだ?なにか冷たい飲み物はいらないか?”などとやけに親切です。ツアーコンダクターによると、私(客)が払う料金の一部はスラムに寄付されるとか。だからというわけでもないだろうけど、興味本位で覗きに来た人たちになぜそんなに親切なのだろうか。 ---続く

 

母親の退職祝い

2週間ほど前、社員のMr. A.Kから                                         ”今度私の母親が退職のお祝いをするので、良かったら参加してください” というので、                   ”えっ?お母さんの退職祝いパーティー?” ”はい、そうです”                  家族でお祝いするならわかるけど、そんな息子の会社の人たちまで招待するなんてインドでは普通なんだろうか?と思いつつ、結婚式でもあるまいし、また平日のことだし、ただお義理に誘ってみただけであろう、なんて思ってなかば忘れておりました。                                   それから1-2週間たったある昼食時、たまたま隣にいたMr. A. Kから            ”今週参加しますか?” と言うので、しばらく何のことかわからず、思い出すまでに3-4秒ほどかかり、                                              ”あ、あれね。まだ決めてないな” ”そうですか、良かったら是非” となんとかその場を取り繕いましたが、ランチの後、他の社員に ”Mr. A.Kのパーティー、出るの?” と聞くと、みんな参加すると言います。これは意外。形ばかりの招待と思いきや、インドではそんな”母親の退職のお祝い” に参加するのが普通のことのようです。

当日は金曜日だったのですが、事務所にいる10人ほどの社員は皆、Mr.A.Kの母親の退職祝いに参加予定にしていました。                                 ”じゃ、私も出ないわけに行かないわな。一人で事務所で残っていてもしかたないし” ということで、45度の酷暑の中、みんなの後をついて参加することになりました。                                   会場は事務所から車で1時間強ぐらい行った、デリーの隣町。車に乗っている間はまだマシでしたが、駐車場から会場まで1-2分歩いただけでも、目がくらむほどの暑さです。    会場はレストランとのことですが、地下の一室で、やけに暗い雰囲気。ランチパーティーですが、例によって13:00になっても主賓もその息子Mr. A. Kも来ません。13:30ぐらいまで待っても来ないので、 ”じゃ、食事始めましょう” と社員の一人が言うので、”主賓が来てないのに、それはマズイんじゃないの?” と私が言うと、”全然問題ないですよ” といいながら、ブッフェ用のお皿を渡してくれます。もうそれぞれ自分のお皿を持って、好きなものを取っている人もいます。変わり映えのない、典型的なインドのVeg料理で、もちろんお酒もなし。

ほぼ食べ終えたところで、主賓の登場。まずMr. A.Kのお父さんが登場し、参加者一人ひとりにご挨拶。なんでもお父さんも奥さんと同じところで働いていたとか。国の厚生労働省の出先機関みたいなところらしいです。でも下の写真でもわかるかとおもいますが、失礼ながら60歳にしてはちょっとお疲れのようなお姿。薄暗いせいもあって少々恐ろしげでもあります。また、これまでずっとお仕事を続けて来られたというには、言葉も発せず、ちょっと社交性にも乏しい感あり。一方お父さん(旦那さん)はぜんぜん元気で、愛想よくふるまっておおりましたが。

*額に赤い紅をつけている女性が”主賓”です。手に持っているのは、会社の皆からの持ち寄りで買ったお祝い(時計)です。

帰りの車では、私のほかに2人の現地人が乗っておりましたが、主に現地語(ヒンズー語)で話したいたものの、途中英語で、                                 ”日本だって、働いてる女性の方が若々しくて、働いていない人とはどこか違いますよね?” と聞かれ、”それはそうでしょうね” なんて答えていたのですが、やはり主賓の老けて見えることが話題になっていたようでした。

最低が30度!

インドの猛暑の事は何度か話題にはしてきましたが、最高が45度、最低でも30度を超えるとなると年に一度ぐらいは触れてみたいと思います。                             その日は日曜日で、私が幹事での干支会ゴルフの日でした。しかしこのところ左手の指の関節が痛くて、クラブが握れないほどにもなってしまい、残念なことに参加は見合わせ。   でも一応幹事なので、受付、支払い、開会式等幹事としての仕事は済ませて、スタートまでは見届けたものの、表彰式はサブの幹事にお任せすることにして、涼しいうちに帰宅させていただくことにしました。                                         でもその前に、せっかくの日曜日の朝ですので、以前より食べてみたいと思っていたゴールデングリーンの朝食をいただくことにしました。                                         ほうれん草とチーズのオムレツと小さなトースが2枚。紅茶がついて250ルピー(約400円)。写真を撮り忘れましたが、そのオムレツの巨大なこと。卵を4つぐらい使っているのではと思えるほどで、とても食べきれる量ではありません。でもほうれん草だけでなく、たまねぎやピーマンなども入っていて、栄養バランスも良く、久々に充実したといういか、人が作ってくれた朝食をゆっくりと食べるのはなかなかいいものです。

家に帰ったのは8:30ごろだったでしょうか。まだ耐えられないほどの暑さではなかったですが、なにせ最低が30度ですからその時間でももう35度近くあったでしょう。エアコン無しではいられないのですが、しばらくすると最近では割と珍しい停電が発生し、エアコンが止まってしまいました。照明などの小電力のものは備え付けのバッテリーでバックアップされますが、エアコンや冷蔵庫などは止まってしまいます。                            しばらくしたら回復するだろうと、30分、40分と待ちましたが復帰しません。その間、部屋の温度はじわりじわりと上がって行きます。1時間ほど我慢しましたが、もう耐えられません。日本みたいに気軽に図書館でも行けたらいいのですが、そんなものがあるのかも知りません。(たぶん無いでしょう。仮にあったとしたら、インドの浮浪者=実は普通の人、でいっぱいになってしまうに違いありませんので、やはり利用不可)                    ちょうどやりたい仕事もあったので、しばらく会社に避難することにしました。

きっと誰かいるだろうとおもいつつ、事務所に行ってみるとManojという雑用係が、ギンギンに冷やした事務所に一人でおりました。 ”雑用係” とうのは日本では例えが難しいですが、正社員ではなくて掃除やお茶汲みなどを専門に担当している、アルバイトのような存在です。 彼は毎日朝一番に来ることになっているので、事務所の鍵を持っています。        ”こんな休みの日に、何をやっているんだろう?” 私が事務所に着いたときには、受付の机に座っていたのですが、私が事務所に入って仕事を始めると、なにやら掃除などを始めました。  ”こいつ、涼みに来ているのではないだろうか?” そんな風に詰問したくもなりますが、彼は英語をほとんど解しません。でも、考えてみれば、自分も同じようなものだったな、なんて思いながら、これからほかのスタッフも来るかもしれないし、まあいいか。

*家の前の野良犬。手前の白っぽい犬は、カメラを向けると頭を上げましたが、それまでは死んだように口を開いて、苦しそうに喘いでいました。犬にとってもデリーの夏はさぞつらいだろうと思います。

Medal Round

私の所属するゴルフクラブ、ゴールデングリーンズ(GGG)の受付にRenuさんという女性がいて、予約やコンペのアレンジ等でお世話になっております。                     ある日彼女が ”来週の土曜日GGG主催でMedal Roundというコンペを開催するので参加しない?” というので、ゴルフができるならどこでも、誰とでも、という感じで ”いいですよ” と気軽に参加することに。参加費1,850ルピーで食事と飲み放題付きということですから極めてリーズナブルです。しかも途中の”茶店=売店” でソフトドリンクやサンドイッチ(朝食)のサービス付です。

当日受付を済ませて、どんな人が参加するのかと、組み合わせ表で自分の名前を探していると、やはり同組は日本人4人のようです。しかし皆初顔合わせ。その日はショットガンスタートといって、全18ホール一斉にスタートですから、72名近くの参加者、ということになります。私の組は第7組で、7番ホールからのスタートです。日本人の組がもうひとつぐらいいて、そこには顔見知りの人もいました。韓国人と思われる組も2組ぐらいいて、あとはインド人のグループです。

*スタート前の参加者たち。中には女性の姿も(韓国人グループ)。

最初に簡単なルール説明があり、5:50分発砲音とともに一斉スタート。ダブルボギー以上はピックアップというルールですので、進行は早いです。しかも私の組は4人のエントリーだったのですが、1人キャンセルがあり3人でしたので、しばらくしたら前の組に追いつき、多少待たされることに。                                                早朝のスタートでしたので、11:30ごろには終了し、その後はシャワーを浴びて、ランチパーティー兼表彰式。同組のMr. HさんがHC(ハンディキャップ)15-20の部で優勝、大きな優勝カップをもらいました。 ラッキードロー(抽選会)ではキャロウェーのボール1ダースが4人に当たりましたが、残念ながら私はこちらもはずれ、ちびちびとビールを飲んで変わり映えのしないインド料理をつまんでおりました。

*表彰式。ビールを飲むインド人が多かったのはやや意外。伝統的にインド人の多くは最初からウイスキーを飲みます。

このMedal RoundはGGGの主催とはいいながら、インドの運送会社がスポンサーとなっていました。だからこんな料金でできるのです。しかしゴルフとは関係ないと思われる運送会社がなぜスポンサーに? 要はここに集まっているインド人は皆金持ちで、会社経営などをしている人たちと思われます。そうした彼らに宣伝できることでスポンサーになる価値があるということなのでしょう。                                         私が働く会社でも、運送会社の質の低さにはずいぶん苦労していますが、この会社は特別な設備やスキルがあるのだろうか?輸送事故を防げたら、ずいぶん経費節減になるのですが、この運送会社のパンフレットがテーブルに置かれていただけで、宣伝めいたものはなかったです。仮に、日本通運など日本の会社であっても、実際に働くのはインド人なので、日本のクオリティーはとても期待できないのが現状です。そもそも現場労働者は、字が読めなくて、たとえば英語で”横積み厳禁”などと書いてあっても理解できないのです。また物を大切にしない、というか乱暴に扱うのはインドの文化なんでしょうか。でもまあ、この辺はまたの機会に。

*ゴルフとは関係ないですが、ゴルフ場への新しくできた道です。なんと道のど真ん中に木が残っています。日本では考えられないですね。役所の許可が出たら切るということなんでしょうか。それともずっとこのまま?ちゃんと前を見ていればぶつかることもないでしょうが、インドでは道路端に木が残っていたり、建造物が道路にはみ出しているのはよくあることです。

 

冷房病

連休後、ニューデリーでは45度を超す酷暑かと思いきや、意外に涼しい日が続いておりました。涼しいと言っても、インドの酷暑期ですから40度近くにはなるのですが、その程度であれば空気が乾燥しているので、日陰に行けばさほどでもなく、風があれば爽やかささえ感じられます。5月20日ごろにはシンガポールからお客さんも来ていたのですが、彼らも意外だったらしく、シンガポールより過ごしやすいかも、と言っておりました。

それでも事務所は冷房のみのA/Cがフル稼働しております。なにせ温度調節がついていないので、放っておけば部屋の温度は下がる一方です。歳も歳だし、インド人と違って体温が1度近くも低い日本人には時々耐え難いほどになります。そんな時は冷房のスイッチを切るだけのことですが、仮に私がそうしてもいつの間にやら地元民がまたスイッチを入れるので、切ったり入れたりで、安物のA/Cを入れたお陰で返って電気代は高くついているかも知れません。A/Cは入れっぱなしの方が電気代が安くつくというのは本当みたいですが、それはインバーターのA/Cであることが前提でしょう。それにしてもいまどき温度調節の付いていないA/Cとは!!インドではまだ普通のことだそうですが、そんなA/Cが存在していることすら夢にも思いませんでした。

シンガポールからお客さんが来ていた2-3日間は、会議を中心にずっと事務所におり、寒いな、と思いつつも、いちいちスイッチを切りに中座するのもはばかられ、我慢しているうちに、体の調子がおかしくなってしまいました。どうも冷房病にかかってしまったようです。      体がだるく、食欲不振、消化不良で下痢気味。エネルギー補給が不十分になるので、ますます寒さが応え、家ではA/Cなしの方が快適に思えるほどでした。A/Cなしの部屋は、夜でも35度を超えていたかと思いますが、じわりと汗をかきつつも、冷房病の私にはむしろその方が快適というか、耐えられる状況でした。

翌週の月曜日、”寒さ対策” のため、一枚余計に着て会社に行ったのですが、その日からニューデリーの本来の暑さが戻ってまいりました。じりじりと目のくらむような、風が吹いてもそれを避けたくなるような暑さです。しかもその日は外に出る用事があり、車のA/Cが壊れているのではないかと思わせるほど強烈な暑さです。車窓から外をみると、それでもそんななかで力仕事をしている地元民が少なからずおりますので、これでは毎年暑さのために何千人も死者が出るのも頷ける、というものです。

冷房病は今日あたりから、すなわち4-5日して回復の兆しが見え、病気というほどのものではなかったかも知れませんが、おいしくビールを飲んで食べられるのは幸せなことであります。気力があれば、などと言いますが、やはり健康な体があっての気力だと思います。気力でカバーなんてのはウソです。少なくとも凡人には。

酒と魚とラーメンの日々

GWは例によって日本に一時帰国。日本の最高の季節を感じて、ゴルフもして、普段デリーではお目にかかることのないお酒と和食に舌鼓を打つ。こんな幸せなことがあろうか?  本当に何を食べてもうまい日本。コンビ二で売っているなんでもないパンや弁当など、実に良くできていて、しかも安い。                                      ゴルフの後、霞ヶ浦の近くで食べたうなぎ、おいしゅうございました。池袋で真昼間から飲んだお酒も魚もおいしゅうございました。昼間からだったので、延々6時間ぐらいも飲んだでしょうか。まるで学生に戻ったようです。

  

*池袋の八丈島という居酒屋。午後1時の真昼間というのにほとんど満席なのには驚きました。連休中とは言えさすが池袋。写真はアジの刺身とあしたばのてんぷら。

今年は10連休ということで、ゴルフもすべて休日料金。多少高めとは言え、ゴルフ場のクオリティーはデリーのそれとは比較になりません。にも関わらず、満足出来るスコアーを出せなかったのは、一重に自分の技量の無さであります。さらに精進して、捲土重来するべし。

ということで、カレーはもちろんのこと、肉もほとんど食べず、ほぼ魚と野菜、そしてラーメンも結構たべました。いつかも書いたように、お昼以外にラーメンを食べることはあまりないので、日本にいてもそれほどチャンスは多くはありません。よって、今回は意識してラーメンを食べる機会を作ろうとしました。結果、ゴルフ場でも食べたし、家でもチキンラーメンのカップ麺があって、連続テレビ小説 ”まんぷく” を観て以来食べたいと思っていたチキンラーメンも楽しめました。オリジナルのチキンラーメンではないものの、味は懐かしさを感じさせるものがありました。

 

一週間以上日本を満喫したものの、もう少し日本で暮らしとうございましたが、いかんせん宮仕えの身、後ろ髪を引かれながら5月8日夕方発のANA便で摂氏45度のニューデリーへ。                             日本17:30発のANA便は、いつもおなじみのメニュー(海の幸丼)とは言え、ちょうど良い時間に夕食が出るので少し楽しみなのですが、今回はメニューが変わっていました。なんとカレーです。もちろん日本風の。10日ぶりのカレー。しかも日本風のですから、これはこれでちょっと幸せな気分になれました。写真を撮り忘れてしまい、ここでお見せできないのが残念です。

 

エキサイティングな初体験

“チコちゃんに叱られる” のチコちゃんによると、子供の時は時間が長く感じられるけど、大人になればなるほど時間が早く感じられるのは、子供にとっては毎日、何事も新鮮に感じられるから、だそうです。 たしかに年をとれば取るほどドキドキするような機会は減ってしまいます、残念ながら。”あ、またこれか” なんて何の感動もなく時は過ぎてしまいますので、その時間はすっぽり抜けたようになってしまうのでしょう。 いくつになってもドキドキするような時間が持てたら、それは幸せなことに違いありません。                                             少々前置きが長くなりましたが、この度の初体験はボクシング観戦。場所はボクシングの聖地後楽園ホールです。ボクシンッグは昔から好きで、短期間ではありますが、清瀬にある元ジュニアライト級世界チャンピオンの沼田義明ジムに入門したこともあります。その時は既に若くはありませんでしたが、ジムには子供から若い女性まで様々な人たちが通っていて、意外な思いをしたことを覚えています。

GWは例年日本で過ごすことにしているのですが、たまたま知り合いにボクシング好きの友人が、5月1日に日本フェザー級タイトルマッチが後楽園ホールで開催されるという事を教えてくれ、迷わず予約をお願いしました。その友人はなぜかボクシング関係者を知っており、そのルートでチケットを予約してくれたのでした。

”聖地”後楽園ホールの入り口には、少々違った世界に住むと思える人々でごった返しておりました。やや裏街道を歩くというか、ちょっと社会からドロップアウトしたような。でも若い女性などもたくさんいて、居心地が悪いような雰囲気はまったくありません。多くは、その日の出場選手の応援団だと思われます。                                 さすがに日本、ここでもビールが買えて、おつまみとビール片手に観戦です。

*当日のパンフレットより。 日本フェザー級王者源大輝と第一位の阿部麗也が中心の写真です。

日本フェザー級タイトルマッチの”前座”は4回戦が3つと6回戦が1回、8回戦が3回。その後に10回戦のタイトルマッチという豪華プログラム。(実際は2つの4回戦がキャンセル)     司会者というんでしょうか、選手紹介のアナウンスがまたいいですね。名前の最初の音を長く伸ばして ”みーーーーーーーなもと、たいき!”なんて、雰囲気を盛り上げます。   昔はあんな紹介の仕方しなかったですが、あれはこの司会者の特徴でしょうか。 でも最近圧倒的強さを誇る世界バンタム級王者井上尚哉なんかの紹介でも同じスタイルですから、同じ司会者とも思えないし、最近の傾向なんでしょう。                                         後楽園ホールはそれほど大きなホールでもなく、たとえ4回戦といえどもライブ観戦は迫力十分です。そして4回戦から6回戦、8回戦と上がるにしたがって、迫力が増します。世界戦ではないものの、日本タイトルマッチともなると、さすがに見ごたえがあります。ダウンシーンも何度かありましたが、ノックアウトまでは行かず、判定でドロー。結果源大輝がタイトル防衛に成功。

*赤コーナーからチャンピオンの源大輝がのぼりを持った応援団とともに入場。相手の阿部選手は既に青コーナーで待っています(右奥)。パンチ力の源とテクニックの阿部選手。阿部選手は自称”天才”と言っています。

*ラウンドガール。少々ぽっちゃり系。ヤジに応えて、手を振ったりしてくれると”戦い”の場を和ませてくれます。

後楽園ホールでは月に一回ぐらい試合があるようですが、その日はタイトルマッチが観れてラッキーでした。池袋からも近いし、また是非来てみよう。

新聞記事より

ちょっと久しぶりですが、例によって新聞記事から3つほど。

1.いつまで経っても出来ない道路工事。(5回目の納期変更)

*およそ2.7KmほどのFlyover(高架道路)なのですが、2016年12月完成の約束で2014年11月に着手。しかしその後納期を3回変更しても守れず、4回目の今回は2019年の6月の完成(目標)だそうです。時間などあってないようなインドですので、もう驚きもしませんが、空港から自宅あるいは事務所に行くには、この道を通らざるを得ず、いつも大渋滞に苦しめられております。私がインドに赴任した2015年から全く変わっておりません。こういういい加減さが通ってしまうのが不思議です。

2.もっとも生活レベルが高く、住みやすい都市はウィーン。インドの都市は?

*世界で住みやすく、クオリティーの高い都市ベスト10は、のきなみヨーロッパの都市が選ばれております。住居、政治的安定度、犯罪率、余暇、大気汚染、インフラ等の要因から評価したものです。全231都市のうち、インドの主要都市は143位のハイデラバッドから162位のニューデリーまで7都市も入っています。ま、そうだろうな。でもアジアでもっとも高くランクされたのは25位のシンガポールだそうです。本当かな??

3.”持参金(結納金)”が少なかったために餓死。

*これはちょっと悲しい、悲惨なおはなし。結婚時に要求した持参金を用意できず、2年間砂糖水と水に浸したお米しか与えられず、20Kgまでやせ衰えた女性が餓死してしまったそうです。要求された持参金は2L、すなわち20万ルピー(32万円ほど)。しかも2人のこどもがいたそうです。でも、記事の最後には、この夫とその両親はカルト的な教義にはまり、精神的に正常ではなかったと書かれています。多少の救いというか、少なくともインドでも良くある話しではないと思います。

 

 

道路封鎖

今年はインドの総選挙の年です。総選挙は5年毎に行われ、広い国土に9億人もの有権者がいるといわれるインドでは一日では終わりません。デリー地区の投票日は5月12日(日)に予定されていますが、場所によっては2-3日もかかるところもあります。                   最近の新聞は総選挙の記事一色と言ってもいいくらいですが、私は背景などが分かっていないため、読んでもよく分からず、政治欄はほとんどパスです。 (政治関係の記事が全体の半分ぐらいを占めています)                                            最近は携帯にも選挙キャンペーンと思われる電話が良くかかって来るようになりました。 電話を取ると、一呼吸置いてから、ヒンズー語で一方的にしゃべってきます。なにを言っているのかさっぱり分かりませんが、時々”BJP=政党名”とか”Kejriwar=デリー市長”の名前が聞こえてくるので、選挙キャンペーンに間違いありません。もちろん選挙キャンペーンの電話とわかったらすぐに切ってしまいますが。

最近になって、私の住む地域が夜になるとバリケードで道路が封鎖されていることに気がつきました。夜とはいいながら、これでは出かけることも、外から入ることもできません。 ”なんでこんな馬鹿げたことをするのだろう?何の意味があるのだ!でもインドだからな、こんな馬鹿げたことやるかもな・・・” などと思っていたのですが、そんなある日の早朝、同僚と空港に向かうべくGovindちゃんに自宅に迎えに来てもらうことになっていました。     しかし、バリケードによりGK-1という私の住んでいる地区に入ることも出ることも出来ません。 でもさすがにGovindちゃん、その地区をぐるりと一回りして、一箇所だけ開いているゲートを発見して約束の時間から15分ほど遅れたものの無事自宅にたどり着いてくれました。

*私の住んでいる地区(GK-1)に繋がる道路は一箇所を除いてすべて封鎖です。迷惑この上なし。GK-1は多くの政治家が住むところでもあるらしいので、テロリストの車での突入、なんてのは防げるかも知れませんが。

空港への道すがら、”デリーポリスはなんでこんな馬鹿げたことするんだろう?住民は大迷惑じゃないか!” と言うと、                                                  ”そんなんですけど、これは選挙の影響なんですよ。先日はこうした検問で、28億ルピーもの選挙資金が摘発されたんですよ。運んでいたのはCongress(国民会議派という政党)の関係者だったようですけど”                                              28億ルピーといえば45億円もの超大金です。現金で運ぶとすれば、乗用車では乗り切らないほどの荷物になるでしょう。こんなのがインドの選挙の実態なのか?インドの選挙ではカーストで7割が決まるとも言われていますが(同じカーストの候補者に投票する)、それを打ち破るにはやはり”実弾”しかないのか!?

 

ほうれん草

ほうれん草はとても好きな野菜なのですが、これまで買うことはありませんでした。それは農薬が怖いから。目には見えませんが、葉物野菜には農薬がたっぷり付いていそうです。なすとかきゅうりだったら、皮を剥くことでなんとかなりますが、ほうれん草はそうはいきません。同じ会社の中国法人で働く家族は、ほうれん草を食べて農薬中毒になり大変な目にあったと聞いています。インドでも農薬の使い方を知らないで(説明書が読めない人がいっぱいいるので)、めちゃくちゃな濃度の農薬がかかっている可能性があるので、中国より怖いかも知れません。

そんなわけで、葉物野菜は極力避けて、せいぜいキャベツか白菜を、外側の葉をかなり捨てて、コアの部分だけを食べるようにしているうちに、いつのまにかほうれん草など葉物野菜は選択肢から消えていました。                                                  先月日本に一時帰国した折、何が食べたいか?と聞かれた時、”ほうれん草の胡麻和え” が思い浮かんだのも、そんな4年にも及ぶご無沙汰があったせいかも知れません。

インドに帰って、改めて冷静に考えてみると、そんなインドのほうれん草でも、よく洗って、さらに茹でてから使えば、農薬はまず取り除くことができるはずです。会社の同僚に相談しても、”火を通せばれば農薬は分解されますよ” とのコメント。 ホントかな??                  とにかくよく洗って、茹でるというのはさらに熱湯で洗うようなものですから、まず除去されることでしょう。これまでも”ほうれん草カレー” など普通に食べてきたのだから、今更そう神経質になる必要もないかと。

というわけで、4年目にして初めてインドでほうれん草を買ってみました。1Kg近くもあると思えるほうれん草が束になって売っていました。その他の野菜、果物(にんじん、 ねぎ、みかん)と一緒でなんと89ルピー(140円)。インドでは貧しい人もたくさんいるが、金持ちはとてつもなく金持ちといわれますが、そのせいか物価もピンキリです。                                        病院とはいえ耳かきに5,000円もかかったりする一方、生活必需品はめちゃ安いです。 4年近くもインドで暮らしていて、いまさらではありますが改めて実感した次第です。

*ほうれん草は日本のスーパーで袋入りで売っている量の少なくとも3倍はあると思います。根っこの部分が甘くて好きなのですが、茹でても土が残っているような気がしたので切り落としました。これら全部で140円、ほうれん草だけだと45円ほどです。束の中には多少の雑草なんかも混じっているかも知れません。インドですから。

ごまあえにしたかったですが、ゴマをすり潰す道具がなかったので、かつお節としょうゆでおひたしにしていただきました。単純なだけに、日本のほうれん草の味そのものでした。茹でたほうれん草は冷凍しておくと、いつでも使えてとても便利です。たかがほうれん草、されどほうれん草。一種類の野菜が増えただけで、ずいぶん料理のレパートリーが増え、また栄養バランスが良くなったような気分になったのでした。